洞源院寺報なむ

第52号(令和8年1月1日発行)

黄梅禅文化論壇への参加

住職 小野﨑秀通

七年六月、中国湖北省仏教会寺院十七名の訪問を受け、その中の安国禅寺と洞源院が友好締結の覚書を交わしました。

そのご縁でこの度「禅文化論壇」の催しにお招きを頂き、十六名でお伺いしました。 参加に当たって「禅意書画」出典を切望されましたが、中国は書画のメッカですので辞退するも叶わず、恥を覚悟で出展させて頂きました。

十月十三日武漢市に飛び、翌日友好締結の安国禅寺を訪問。山門頭には崇諦住職はじめ信者皆さんが出迎えて下さり、山内に入ると七重塔が聳え、大伽藍が建ち圧倒される中、仏殿のご本尊様にお詣り。昼食をどうぞと寺の食堂に案内され、精進料理を振る舞って頂きました。

その後、諸伽藍を巡り、仏舎利安置の七重塔最上階に登ると伽藍の全容が望まれ、広大な光景に驚くばかりでした。寺はビル街の中心地でした。

最後に、方丈の間で、宋時代の著名な文豪書家・蘇東坡などの縁深い寺である事など由緒のお話しを伺いました。安国禅寺の皆様の暖かい大歓迎の中、名残り惜しくお別れしました。

愈々禅文化論壇の会場「東山問梅村」という宿泊先へ案内されました。ここは中国の伝統文化の古典劇や仏教を学べる所で私達が宿泊した日も小学校の修学旅行と出会い、仏教生活の学びもしている様子でした。

翌十五日「禅意書画展」の開会除幕式が始まり、名誉な事に代表者の中に私も除幕させて頂きました。

日本からは、永平寺貫首・南澤道人禅師の書と、今回参加した私の他二名、併せて四点の墨蹟を出展させて頂きました。

続いて「人間仏教生活禅」と題して「禅文化論壇」が開催され、湖北省仏教会会長正慈法師の挨拶に続いて次々と参加者から発表され、日本を代表して大谷哲夫師(東北福祉大前学長)も発表させて頂きました。

論壇は終日行われましたが、私達は午後から中国禅発祥とされる四祖寺、五祖寺を拝登することになりました。

 この四祖寺の先代浄慧住職が「人間仏教生活禅」を提唱実践して広められた方です。今日の中国寺院で広く実践されている事が「禅文化論壇」にて発表。五祖寺を拝登した折も多くの信者で賑わっていました。

帰国前日、武漢博物館を見学二千四百年前の巨大な青銅器具などが展示されていたのには、中国五千年の一端を目の当たりにして驚くばかりでした。

仏教のみならず日本伝統文化の源流を肌で感じた思いです。

まだまだお伝えしたいことが沢山ありますが又の機会に…

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大般若祈祷会のご案内

守り本尊御開帳
八大竜王神御開帳

1月18日(日)
・設斉(食事接待) 再開 10時半~
・モンゴル馬頭琴 奏者バヤラト氏 11時半~
・祈祷法要 12時半~
家内安全・病魔退散・闘病平癒
身体壮健・子孫長久・家業成就
家門繁栄・除厄招福・商売繁盛
工事安全・交通安全・海上安全
合格祈願・学業成就・良縁結成
無事息災・海産豊穣・家庭円満
安産祈願・福寿長寿・心願成就

ご希望の願意を選び、桃色の申込書に記入し、受付にご提出ください。
お檀家に限らず、どなたでも受けられますので、ご遠慮なくお申込み頂き、お誘いの上お参り下さい。
※当日に限らず事前受付いたしますのでお申し込みください。

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寄稿 我が家の家宝

小川 幸悦

我が家には、守り本尊の阿弥陀如来があります。北前船の交易が盛んだった頃に財を成していた先祖が残した仏像です。

そんな如来様も二度の大災害に見舞われています。

一度目は小竹浜の大火です。
火の手が迫る中、叔父の武に背負わせ避難したのだとか。火の勢いが強かったのでしょう、左手が焼け落ちてしまいました。 後に、父が作り直しましたが、素人が作ったとは思えないほど自然に馴染んでいます。

二度目は東日本大震災です。津波に押し潰された実家、とても残っているとは思えませんでしたが、幸いな事に瓦礫の中から見つかったときには泪が出る程嬉しく思いました。

そんな如来様のご加護を強く受けたと思われるのが、今は亡き父・悦男とその弟・武です。

先ず、弟の武は数日腹痛が続き、床に伏せった事がありました。不審に思った父は、当時、湊にあった日赤に受診させました。診療後、すぐに緊急手術する事に。術後の説明によると腸捻転により捻れた所が壊死し、腹の中は膿だらけだったそうで生きているのが不思議なくらいだと医者が首をかしげていたそうです。

それから数年後にはクモ膜下出血で半身不随を覚悟しましたが見事に生還。何かに護られているとしか思えませんでした。

次には父の悦男です。脳疾患発症で車椅子生活になるも後遺症も軽く、施設で生活していたある日、心筋梗塞を起こし一時心停止を繰り返しますが無事生還。その後には、脳梗塞、肺炎に罹って施設と病院を行ったり来たりを繰り返しながら何度も生命の危機を乗り越えました。

この人もまた見えない何かに護られているんだなとつくづく思いました。

そんな如来様を、この度、洞源院にご寄進させていただく事になり、これからも仁田山から私たちを見護って頂けたらと心から思っております。

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第三十三回寺子屋寄席 ちえぶくろの会

十月十八日、柳家はん治師匠をお招きしての寺子屋寄席。今年は、石巻で活動しているお笑いコンビ「石巻水族館」の出演もあり、来場者も百五十人を超え盛り上がりました。

石巻水族館の二人は、各地で今問題になっている熊の出没に対処する方法を、パネルを使いユニークな掛け合い漫才で会場の笑いを誘いました。

はん治師匠は「妻の旅行」と「鯛」の新作落語を二席披露。
「妻の旅行」は、一週間の沖縄旅行に行く母に対し、気持ちよく送ろうとしない父に息子が苦言を呈しますが、父からよくよく理由を聞くと深いワケが…

父が、日頃の母とのやり取り(どこの夫婦にもありそうな)をこの時ばかりと息子に愚痴をこぼす爆笑噺。妻の旅行を「鬼の居ぬ間の楽しみ」にしていたところ、同伴する予定だった仲間の夫が参加できなくなり自分が行く羽目になる落ちでした。

「鯛」は料理屋の水槽の中に入れられた鯛の世界の噺。
新入りの鯛が、店主にいきなり網ですくわれそうになった場面から始まる。「危なかったあ新入り」「危うくすくわれるところでした」「半分網に入っていたぞ~よく逃げたな~タイしたもんだ」ギリギリのところで難を逃れた新入りの鯛はこの狭い水槽の中で、開店から二十年も生きている鯛のジンジロさんから生き残る術を手ほどきしてもらうという鯛を擬人化した師匠の十八番噺でした。

恒例の抽選会もこけし作家を本業とする石巻水族館の林さんから石巻こけしの提供もあり、大いに盛り上がりました。

また、災害支援バザーでは来場者の皆さんの協力で、四万四千八百五十三円の募金が集まり石巻市共同募金委員会を通じ、令和七年台風十二号災害で大きな被害に遭った鹿児島県へ送付させていただきました。

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御堂「龍王殿」建設 進捗状況とお願い

東日本大震災で犠牲になった御霊の守護を願い、観音様、お不動様、阿弥陀様そして八大竜王様等をお祀りし、法要・葬祭・通夜なども行える施設として御堂の建設を令和元年に計画、建設委員会を設立し、趣意書を以って檀信徒皆様に勧募をお願いしてきました。

鐘楼門を建設した際の設計士と宮大工「木匠」に設計と見積りを依頼、令和六年迄に完成の計画でしたが、震災後洞源院を含む祝田から佐須にかけて危険区域に指定された為、新たな建設が困難となり、県は開発許可を渋る状況でしたが、再三の申請を試み、今後大災害が発生した時に、避難所として活用できる等の理由を付し、何度も足を運び、令和六年九月に漸く開発許可が下り、早速建築申請をし令和七年三月許可がでました。

この間、米価が象徴する様に資材等の価格高騰により、当初予算六千万円台から現時点で九千万円台に膨れ上がり、資金繰りに悩まされる状態に陥りました。檀信徒皆様から震災後の大変な最中、御寄進を賜っておりますが、現見積もりの三分の一程度の勧募状態であり、昨年暮れに銀行から二千万円の融資を受け、不十分ではありますが当座の資金にさせて頂きます。

洞源院としても震災被害で、本堂の屋根・山門・庫裏玄関の修理修復、裏山地割れ土砂撤去境内整備等で一億円程の経費が掛かり、その際も三千万円の融資を受け乗り越えてきました。

この度の苦難を乗り越えるには、皆様の更なるご協力なしには叶いません。皆様のお力で無事御堂建立が円成できますようお願いする次第です。

また一方策として、願われる方には生前受戒、戒名授与も考えたいと存じます。

生前戒名を願われる方は、是非、ご功徳を積むことをお勧めいたします。

皆様の功徳を以って御堂「龍王殿」が今年六月無事完成することを切に願っております。

住職 小野﨑秀通
建設委員長 仁杉圓一郎


「木匠」工場にて作製中の御堂

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石彫「あったかい手」設置

小野﨑美紀

自著『あったかい手』は三・一一の避難者の様子・会話を書き止めていたものをボランティアで来た「ぱんたか出版」の社長さんに、その年の九月十五日の当院開創九百五十年記念に併せて出版していただきました。

「妻を亡くした夫の思い、祖母と両親を亡くした兄妹の思い、車庫の隅に首のない男の子を発見した男性の思い、亡夫と二人で建てた新宅が重機で片付けられる妻の思い、母親と二人分毎日食事を貰いに来る息子の思い日中、瓦礫作業で疲れ果て、寝息の中でも悲嘆に暮れる息づかい…しかし朝が来ると子どもたちはお腹が空いてベソを掻く、大人は皆で工夫して食事を作る等、避難所生活にリズムができ子どもたちのお陰で日を追う毎に元気になっていった。子どもは未来だというが本当だ」

石巻出身の石彫家高家理さんは『あったかい手』を読むと涙が止まらないという純粋な人。

高家さんは、石の彫刻作品を二十年以上、東京で行われる美術団体展(新制作展)に出品。現在宮城県で唯一の新制作協会彫刻部会員で「あったかい手」は福島県の山で産出される花崗岩(高太石)を用いて、約五ヶ月、優しい気持ちを分け合った尊さを忘れないように祈りながら彫った、と。東京国立新美術館野外展示場では多くの人達が笑顔で撫でたり、腰かけたりしていました。

三・一一は乗り越えようとする人々の奇跡の連鎖でもあります。仏様の掌はまたしてもとんでもない奇跡をもたらしてくれました。その奇跡は、高家さんによって、硬い石でありながら温みのある形として出現したのです。

当院で、諸手を挙げてお迎えした折には、空と海とあったかい手のコラボが繰り広げられることでしょう。

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活動報告(1月~4月)

  • 「なむ」51号発行 8月1日
  • 山門大施餓鬼会 8月8日 
  • お盆供養 8月13日~15日 
  • 写経会 8月31日、10月5日、11月2日
  • 彼岸会永代供養・動物供養 9月23日
  • 中国禅文化論壇参加 10月13日~17日
  • 寺子屋寄席 10月18日
  • 東北大留学生日本文化講座 11月29日
  • 清掃奉仕・成道会 12月7日 
  • 護持会役員会 12月20日
  • 大晦日除夜の鐘・お焚上げ 12月31日

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行事予定(1月~4月)

  • 三元祈祷 1月1日(木)~3日(土)
  • 初観音大般若祈祷 1月18日(日)10時半~
  • 涅槃会 2月15日(日)13時半~
  • 東日本震災慰霊供養 3月11日(水)14時~
  • 春彼岸供養 3月17日(火)~20日
  • 花まつり 4月19日(日)13時半~

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新任役員紹介

垂水・流留地区担当 只野 健市さん
門脇・大街道地区担当 阿部 祐一さん

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一年の計は元旦にあり

安田 大也

ボケ~とするのも嫌なので、趣味として木工を始めて七年。

鉛筆で細い線を引き、ノコギリでその線の右を切るか、左を切るかで作品の見栄えが大きく左右します。ノコギリの持ち方や力の入れ具合で切り口が汚くなったり曲がってしまいます。

そんなことも知らずに、大胆にも手始めに三畳間の小屋を一人で建て、ラジオを聴きながら思いついた物をああでもないこうでもないと切ったり貼ったりのひと時は、至極の時間です。

ある時、家内が「足を伸ばしながらテレビを見たいなぁ」と大きな独り言。ならばソファーを作ってやろう!でも部屋が狭いから足を伸ばす時だけ拡げられる様にと、即、設計開始。

邪魔にならない大きさ、使い勝手等々、自分で工夫して作れるのがDIYの強みですが、辛口の家内の評価が心配。念入りに仕上げ、一か月程で完成。

珍しく高評価。心ウキウキでその日の食卓を期待していたらなんと!晩酌の量にも、オカズの数にも、これっぽっちの変化もありませんでした(涙)

さて、今年は何を作ろうか?

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編集後記

米谷 行弘

明けましておめでとうございます。

正月号「なむ」発刊に向けて何かと忙しくなってきた暮れに編集部一丸となって、工夫弁道してきました。

清掃奉仕、お焚き上げ準備等を行い、三朝祈願の勤行をしました。

皆様方には、ご健勝いただき今年もこれまでどおり、変わらぬご支援を賜ります様、よろしくお願い申し上げます。

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おしらせ

墓地・境内の整頓を! 
カラスや野生鹿による食害等で墓地内や境内が散らかされています。
お墓へのお供え物は、必ずお帰りの時に持ち帰りゴミを放置しないよう徹底して下さい。
参道通行にご注意を! 
御本堂西隣りにて「御堂建設」が始まっております。
一年余り工事が続きますので、お墓参りや水子・子育て地蔵尊をお参りする際は、注意して通行される様お願いします。

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