洞源院寺報なむ

第51号(令和7年8月1日発行)

欣求平和

住職 小野﨑秀通

終戦八十年、太平洋戦争で二千万人以上、日本人だけでも三百万人の犠牲者を出し、この世で類のない原爆が広島、長崎に投下され、未だに被爆者を苦しめています。私は戦争経験がありませんが、平和な世で生きたいと強く願っています。

今も続いているロシアの侵略戦争で、ロシアの死傷者九十五万人、ウクライナは四十万人と推定されています。シリア内戦では三十万人以上の民間人が死亡し、内外の難民が千四百万人以上と深刻な人道危機を引き起こしました。パレスチナ問題は第二次世界大戦後ユダヤ人にパレスチナ(アラブ人)地域をイスラエル国家と認めたことから紛争が始まり、中東の不安要因となっています。現在、ガザの死傷者は十五万人以上で最悪の人道危機に瀕しています。

六月十三日にはイスラエルが突然イランを攻撃し、愈々アラブ諸国全面戦争になりかねない恐ろしい事態になっています。

戦争の発端は、権力者の欲望、傲慢が引き起こすと言っても過言ではありません。過去の歴史がどうであれ、侵略戦争し人殺しをしてよい道理はどこにもありません。

国家が特権を持つ為政者となった時、欲望傲慢が剥き出しに力を持って為し遂げようとする。それが無残な戦争となり、多くを破壊し命を奪います。

戦争は勝者であれ敗者であれ国家財政を疲弊させ経済破綻し人民を苦しめるばかりです。

インドの逸話に「老婆が癇癪を起こし、嫁に当たり、嫁は炊事で火を焚いていたが、癪に障って火の着いた薪で近くにいた羊を叩いた。羊は驚いて藁小屋に逃げ込み、藁に火が着き火事となり象小屋に延焼し、象が暴走して騒動となり、遂に隣の国と戦争になった」という恐ろしい話しがありますが、一人の傲慢と怒りが戦争に発展するという教訓です。

お釈迦様は「この世の中で誰よりも自分が大事である。誰もが自分が大事であるからこそ、他人をも大事にし、悪く言ってはならない」と教えます。

それには、仏法僧の三宝を堅く信心することです。聖徳太子は、平和な社会を願って日本初の『十七条憲法』を作りました。その第一条が「和を以て貴しとなす」と。何ごとをするにも、皆が仲良く争いを起こさないことを強く願い、そして第二条に「篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり、三宝に帰せずんば何を以て曲がれるを直くせん・・」と。仏法僧を敬い、生きとし生けるものの心の拠り所を持たなければならない。共に生かされていることを感じ、ひとに感謝し尽くして豊かな人間性を養い育てることが大事であることを伝えています。

仏法僧は、私たちにどんな時にでも明るく、欲望に負けずに清らかに、相手を思い仲良く精進せよと教えてくれています。

その教えを守り、平和な社会にしていきましょう。

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山門大施餓鬼会のご案内

日程
8月8日(金)
10時30分~ 設斎(食事供養)
11時30分~ お楽しみ歌謡
12時30分~ 法要

施餓鬼会は、全てのみ霊を供養し、餓鬼道で苦しむ精霊に功徳を施す法要で、お盆供養とは別の大事な行事です。
※申込用紙は赤色です。
盆幡と経木塔婆をお配りします。
経木塔婆は、お盆のお墓参りの時に墓石中央にお祀り下さい。

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お盆供養のご案内

ご本堂でのお盆供養を済ませてからお墓参りをしましょう。

日程
8月13日(水)
午前の部 7時・9時・11時
午後の部 1時

8月14日(木)・15日(金)
午前の部のみ

※申込用紙は青色です。

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三佛忌「花まつり」

三佛忌はお釈迦様の生誕の花まつり、お悟りの成道会、入滅の涅槃会を言います。 四月八日は、お釈迦様のお誕生をお祝いし、お釈迦様のみ教えをあらためて学ぶ誓いから「花まつり」の日と讃えます。古くは「灌佛会(かんぶつえ)」「佛生会(ぶっしょうえ)」「降誕会(ごうたんえ)」などと言っていましたが、大正時代から親しみやすい名称になりました。

お釈迦様は、インド北部の小さなカピラ国の王子としてルンビニー園の花園で生まれました。伝記には、生まれ出た王子は、自ら七歩歩み、右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と高らかに誕生宣言したと伝えられます。

七歩は、人間として最高のあり方、即ち迷い妄執の六道輪廻を一歩踏み出したことを意味しています。そして「唯我独尊」はこの世の中で、私という存在はかけがいのないたった一人でとても尊い命を持っている。このことに気付くとき、全ての命の尊さが自ら分かり、生きとし生けるもの全てが尊い存在であるのだと仏教の精神を宣言したものだと言われています。

ところで、『花咲か爺さん』は室町時代以後、仏教説話として勧善懲悪と動物愛護の心を盛った内容ですが「花咲か爺さんお釈迦様」と伝えることがあります。

「あなたは少しも悲しんだり、落胆することはないのですよ。よい教えのご縁に逢うなら、冬枯れの木が春に出逢って新しい芽が萌えいづるように、あなたの心に秘められている仏のいのちが現れて、あなたの心を安らげあなたは救われるのです」と教えの灰をまいて、迷い苦しみ、嘆く人たちの心に花を咲かせたお釈迦様を象徴したのが『花咲か爺さん』です。

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終戦八十年

米谷ゆきひろ

終戦から八十年になります。
八月にはテレビや新聞は特集等で賑やかになるでしょう。

私は昭和十六年東京大田区で生まれ、九ヶ月後の十二月、米国との戦争が勃発しました。

三歳の夏頃からの記憶が残っています。

家から五十メートル程にある調布小学校のプールでの水遊び、渡り廊下の板を裏返しにして、両端にロープを結び浮かべ、その上に乗せられ、高学年のお兄ちゃん二人が交互にロープをたぐり寄せる遊びですが、余りのスピードで怖くなり、手を離して落下し溺れそうになったこと。また、多摩川遊園地で電動ゴーカートに乗って安全壁に何度もぶつかりながらも周回した楽しい想い出もあります。

昭和十九年秋、子ども達は、空襲警報が鳴らなければ普通に路地で遊び、たまにキャタピラとエンジンの爆音が聞こえてくると、戦車が来るぞ!と遊びをやめて街道へ走り胸をときめかせて見ていました。しかし、それから間もなくして、本土東京が空襲を受ける様になると、各家々が空襲から身を守る為に防空壕を掘る様になりました。 空襲警報で壕に入り、警戒解除で出て都心の方の夜空を見ると、ビルの屋上から五~六条の探照灯が敵機を捉えるように右へ左へと照らしていましたが、敵機に届く高射砲はあるのだろうかと子供心にも疑問でした。 昭和二十年五月夕刻、空襲警報が出て近所の人達と路地裏に集まってすぐ自宅から三百m離れた東京農大が焼夷弾で一瞬にしてメラメラと大きな音を立て燃え上がったのを目撃。そのまま防空頭巾を被って多摩川の土手の松の根元に避難しました。 昭和二十年六月末、満員列車で父親の実家(渡波)に疎開し、八月十五日、母の実家(湊)で戦争終結の玉音放送を聴き、在郷軍人さん七人が直立したまま号泣していたのを今でも鮮明に覚えています。 母は「負け戦は孫子の代まで禍根を残す」が口癖でした。

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夏の想ひ出

安田 大也

♪夏がくれば思い出す~
はるかな渡波 遠い空~

古き良き時代のことですが…
七月下旬、渡波魚市場付近を会場に開かれる「渡波浜祭り」大漁旗を揚げた漁船のパレードや水産高校のカッターレース、綺麗に飾ったトラックの荷台に「ミス渡波」を乗せて町内を回る陸上パレード。そして間の空いた絢爛豪華な打ち上げ花火。映画館や自転車屋さん、下駄屋さんなどがあった中央通りには、朝早くからお盆を迎える為に仏壇に飾る盆花や盆ゴモ等を売る出店が数多く並びました。

母校の渡波小学校では「海浜学校」が開かれ、海がない地方の児童達が泊っていて、夕方、渡小児童と違って行儀よく列を作って万石橋に散歩に来ます。

その頃、渡小の野郎っこ達は 橋で魚釣りをしています。釣れていないのに、竿を大袈裟に揺すると、海浜学校の児童達が歓声を上げて集まり、欄干から下を覗きこみますが「ああ逃げられた~」と残念なふりをして笑いを堪えて楽しんでいました。

万石橋は、野郎っこ達の最高の遊び場でもありました。

立派なネウ(アイナメ)や運がいい時にはボイジョ(タケノコメバル)が釣れ、ザルをロープで吊るし、潮の流れに乗って泳いでくるガザミ(ワタリガニ)をすくい上げ、長い竹の先にヤスを付け、くちばしの長い魚のダツを突いたり、潜りの得意な友人は手製の水中銃でクロダイを仕留め鼻高々になり、ひと夏自慢されることに。また橋は自然の飛び込み台となり、度胸試しの場にもなりました。

渡波魚市場の方の空が茜色にまる頃、年長の一声で解散。道すがら、煙草の煙が充満した酒屋の店内から、真っ黒い顔を赤くしたおんつぁん達の喧嘩でもしている様な大きな話し声や笑い声が聞こえてきます。

震災から十四年が過ぎ、人も家も店も少なくなりました。

そんな寂しくなりつつある渡波・湊・石巻を祝田の山、仁田山から、大きな十一面観音様が慈眼静かに見守っています。

お盆休み等で帰省された折、太平洋から渡ってくる澄みきった空気を思いっきり吸い込んで日々の暮らしで疲れた身体と心を癒しに、洞源院に来てみませんか?

いい出逢いがあるかも…

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亡き人は今

お釈迦様は説法の旅を続けて八十歳で生涯を閉じられました。その最後の言葉が「諸行は無常である。怠ることなく精進せよ」と示されました。

諸行無常は、全てのものは、いつまでも同じままではない。生あるものは必ず死を迎えなければならないという現実を説かれています。いつ訪れるとも分からない死に対して、修行のできるうちに精一杯勤めを果たせとの仰せでした。死は、避けられないさだめです。その死を越えるこころの平安を少しでも修めていくことが、お釈迦様の説く修行でありましょう。

この意味で《如何に死ぬか》《如何に生きるか》ということでもあります。そして、この世を生きたことに心から感謝して終わることができれば、この上ないことでしょう。

お葬式は、故人を経験のできない未知の世界へ送る儀礼であり、特別な意味をもつものです。またお葬式は、人間のみがなし得る行事です。それは、人間なるが故に勤めなければならない感謝の姿です。

亡き人が、何を望んでいたのか、何を思っていたのか、亡き人の身になって初めて自分のいま成すことが見えてきます。

誰もが同じく逝く身として心から亡き人を弔うことが亡き人を慰めることになりましょう。

 死の現実とお葬式を通して、亡き人もこの世の人も、共にほとけの道を歩もうというのがお葬式の意義です。ですから、法要を、導師と共に参列者自らも成仏の一端を担う気持ちでお葬式に臨んで頂きたいのです。

大事な方が亡くなると、とかく気が動転してしまいますが、その時には、先ず、菩提寺住職へ連絡して下さい。適切なアドバイスをいたします。

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【暮らしの中の仏教語】一服茶(いっぷくちゃ)

村崎四季ブー

飲み物を数える際は、一杯、二杯と「杯(はい)」で数えます。筆者は全く茶の道を知りませんが、茶道では、お茶を数える際に一杯ではなく「一服(いっぷく)」と数えます。お客さまにお茶を勧めるときには「お茶を一服いかがですか」と尋ねるのが一般的で「お茶を一杯いかがですか」とは言いません。

一服には「お茶を飲んで少し休む」「小休憩する」という意味があるそうで「短い休憩や気分転換のひととき」を表す言葉として使われています。 日本にお茶が伝わってきたのは、諸説あるようですが平安時代といわれています。遣唐使であった最澄と空海が唐からお茶の種を日本に持ち帰りました。 

お茶は解毒剤の様な役割で使われ、滋養強壮や体力回復の目的で使われた様です。
当時日本でお茶は非常に高級品であったため僧侶や貴族など限られた人しか飲めなかったので、この時代は、お茶を飲む習慣が定着しなかったようです。

平安時代で一時廃れたお茶文化でしたが、鎌倉時代に、今度は栄西(えいさい)という僧侶が禅を学ぶために訪れていた宋からお茶の種を持ち帰り、お茶の栽培を始め、再びお茶文化が拡がりました。

その後、安土桃山時代には、千利休らにより「侘び寂び」等の茶道文化が発展していき、そして江戸時代に入り、庶民に拡がった様です。

「一服」の語源は、お茶の歴史にあるように薬から由来しているようです。「服」には「薬を飲む」という意味があり、さらに薬だけではなく、タバコを吸うことも「一服する」と表現します。タバコもお茶も、もともとは薬として日本に伝来してきた名残りで、現在でも薬と同じように「服」で数えられているのでしょうね。

毎朝、仏様に妙薬としてお茶を差し上げる作法が、お客様が見えられた時にお茶を一服お出しすることに応用されたもののようです。

「一服茶は縁起が悪いからもう一服」と言われます。仏様はお代わりしませんので、いつも一服茶です。縁起が悪いのではなくむしろ仏様のように「位」が上がったようで良いのではないでしょうか。

「一服」は、短い間でも心身をリセットし、リラックスできどこかホッとする雰囲気を醸し出す魅力あるもので、日常や文化と結びつきながら、私たちの生活を豊かに彩ってくれる言葉だと思います。歳を重ねたら一膳飯と一服茶で体に負担をかけず「生き仏」として生きぬくことが良いのでしょうね。

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活動報告(5月~7月)

  • 写経会 5月6日(火)・6月1日(日)・7月6日(日)
  • 園児花まつり 5月14日(水)
  • 護持会役員総会・御堂建設委員会 5月18日(日)
  • 東北大留学生日本文化講座 5月31日(土)
  • 大崎市民生委員研修来院 6月17日(火)
  • 護持会一日研修旅行 6月27日(金)
    最上町・松林寺に27名で拝登、三部義道住職の法話を聴くこと1時間余り、その中で「各家の仏壇はお寺と同じ。だから御本尊様やご先祖様をお祀りして毎日お詣りができるのです」と。その後、義経のお妃がお産して温泉で保養したと伝えられる観松館にて昼食・休憩し心の幸を得る事ができました。
  • ちえぶくろの会総会 6月28日(土)
  • 東北大留学生日本文化講座 7月23日(水)
  • 園児寺合宿 7月25日(金)~26日(土)
  • 清掃奉仕 7月27日(日)

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行事予定(8月~12月)

  • 「なむ」51号発行 8月1日
  • 山門大施餓鬼会 8月8日(金) 10時30分~ 
  • お盆供養 8月13日(水)~15日(金) 
  • 寺子屋寄席打合せ 8月23日(土) 15時~
  • 写経会 8月31日(日)・10月5日(日)・11月2日(日) いずれも13時半~
  • 彼岸会永代供養・動物供養 9月23日(中日)13時
  • 寺子屋寄席 10月18日(土)14時~
  • 東北大留学生日本文化講座 11月15日(土) 12時~
  • 清掃奉仕 12月7日(日) 8時半~
  • 成道会 12月7日(日) 10時半~
  • 護持会役員会 12月20日(土) 14時~
  • 大晦日除夜の鐘・お焚上げ供養 12月31日(水) 23時~
  • 引き続き改歳初祈祷

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第33回 ちえぶくろの会寺子屋寄席

柳家はん治の会
コント 石巻水族館

日時 10月18日(土)
場所 洞源院
開場 14時00分
開演 14時30分
前売り券 1000円

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おしらせ

墓地・境内の整頓を! 
カラスや野生鹿による食害等で墓地内や境内が散らかされています。
お墓へのお供え物は、必ずお帰りの時に持ち帰りゴミを放置しないよう徹底して下さい。
参道通行にご注意を! 
御本堂西隣りにて「御堂建設」が始まっております。
一年余り工事が続きますので、お墓参りや水子・子育て地蔵尊をお参りする際は、注意して通行される様お願いします。

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猛暑お見舞い申し上げます

臍下丹田(せいかたんでん・へそ下に心を集中して呼吸する) 心静かにお過ごしください

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