洞源院寺報なむ

第36号(令和2年8月1日発行)

人生に『修証義』をその11

住職 小野﨑秀通

行持報恩(ぎょうじほうおん)

『修証義』の最後、第五章の題が示すように、この章では、お釈迦様の教えに出逢えた恩に報いることは、修行し続けていくことであると説かれます。

何を修行し続けていくか、ここでは第四章で説かれた「布施、愛語、利行、同事」という菩薩(修行者)としての願を行じていくことです。この四枚の般若を行じる者こそお釈迦様の信仰を生きる者といえましょう。本文の中に「般若を尊重する」とありますが、仏教徒として大事なことです。般若とは一般的には仏の智慧と訳されます。しかし、道元禅師の解釈は仏の御いのちの現われ・はたらきと意味深く捉えております。また「この生死は仏の御いのちなり」とも説かれます。仏教徒としてあらためて胸にとどめたい言葉です。広くはこの世のすべての現れは、仏の御いのちの現れであり、この我が命は「仏の御いのちのはたらき」であると受け止められたら素晴らしい人生となります。

お釈迦様のこの上ない覚りを説かれる師に逢ったならば、どのような立場の方であってもその智慧を尊重すべきであると説かれています。その尊重すべきは「仏の御いのちのはたらき」である智慧で、人の尊卑ではありません。具体的には四枚の般若のはたらきを具現化することが大切です。また、第五章の始めに「願生此娑婆国土し来たれり、見釈迦牟尼仏を喜ばざらんや」とあります。「見釈迦牟尼仏」とは、お釈迦様の姿を見ることではありません。

道元禅師は『法華経』に説かれていることを挙げ、受持、読誦、正念(正しく信じる)、書写、修習することでお釈迦様の思いを持ち続けることであるとしています。また、「願生此娑婆国土し来たれり」はみ仏が「仏の御いのち」として願い、私たちがこの娑婆世界に願って生まれて来たのだと受け取るようにと道元禅師は説かれています。娑婆とは苦しみや憂い、悩みの多い人間社会をいいます。娑婆国土とはそうした苦しみに耐えて生きてゆく世界という意味になります。

もし全てが満ち足りていたならば、果たして努力して菩提心を起すでしょうか。苦悩に満ちた人生であればこそ、人生とは何ぞやと悩み、仏の教えに出逢うこともできるのではないでしょうか。そうして、他のために生きることを学び、お互いの命が仏の御いのちのはたらきなのですから、大切な命であることに気づかされ、生きることの喜びも感じられるのではないでしょうか。思い通りにならないこの人生、有難うと感謝し、たゆまずこの道を歩いて行く、辛いことの多い世の中ですが、掌を合わせつつ行持報恩の日々をお互いに生き抜いていきましょう。

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山門大施餓鬼会のご案内

8月8日(土)12時30分 法要
受付 8時30分~法要前

本年は新型コロナウイルス禍のため、設斉食事のご接待が出来なくなりました。

しかし、大切なご先祖様を始め、戦没者や東日本大震災死者、自然災害死者、有縁無縁の御霊をお慰めすることは、欠くことのできない大事な行事です。

毎年の如く、12時30分には法要を厳修いたします。その前にご参拝、ご焼香頂ければ幸いです。
※お施餓鬼申込み用紙(緑色)にご記入の上ご持参下さい。お参りできない方は、予めお申込み下さい。

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お盆供養のご案内

8月13日(木)
午前の部 7時・9時・11時
午後の部 13時
8月14日(金)・15日(土)
午前の部 7時・9時・11時

※お盆供養申込み用紙(白色)にご記入の上ご持参下さい。お参りできない方は、予めお申込み下さい。

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読者の広場

中秋の名月

♪ 出たでた月が
丸いまるい まんまるい
盆のような月が

旧暦の八月十五日の夜の月は、十五夜(中秋の名月)と言われます。満月は、地球から見て月と太陽が反対方向になった瞬間の月を指すため、どうしても遅れが生じてしまいます。今年の旧暦八月十五日は、十月一日で、満月は十月二日に当たります。

空気が澄み渡り、月が明るく美しいとされて、平安時代から「観月の宴」が開催されており、江戸時代から収穫祭として、広く親しまれるようになりました。

お月見の時には

  • お月さまに有難うという気持ちを伝える為お団子を供えます。
  • お団子が丸いのは、満月の形を真似て作っています。
  • 一年が十二ヶ月だからお団子も十二個お供えします。
  • 収穫に感謝し、さつま芋や里芋果物、栗等をお供えします。

新米の収穫時期ではない為、ススキを稲穂に見立ててお供えしたという説もあり、ススキは厄除けの意味もあるそうです。 

私たちが子どもの頃は、十五夜の前日か当日ススキ、萩、ソゾメ、栗、アケビ等のお供え物は、祝田や根岸の野山に行って採ってきたものです。

お月さまにお願い事をした後にお月見団子を食べ、おじいさんやお父さんは月見酒を頂き、子どもさんやお孫さんと楽しいお月見をお過ごし下さい。

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九輪草

海辺 山人

牡鹿半島に絶滅危惧種である九輪草が咲き乱れる場所があります。

貴重な植物なので場所は教えられませんが、北海道、本州、四国の山間地の、比較的湿潤な場所に生育し、せせらぎや渓谷の湿地などに群生します。

日本に自生するサクラソウ科の植物のなかでは最も大型で、この付近で花季となるのは五月下旬頃です。(ヒルが好む場所に自生するので鑑賞の際は注意が必要です)花はその中心から花茎が伸び、花茎を中心に円状につき、それが数段に重なる姿が仏閣の屋根にある「九輪」に似ていることから名前の由来となっています。

花の色は濃い紅紫色が普通ですが、時にピンクや白、絞り咲き等の変種もあるそうです。

花言葉には、「幸福を重ねる」「物覚えのよさ」「物思い」「少年時代の希望」があり、いずれも可憐な花姿にピッタリな花言葉となっています。

サクラソウ科は、アレルゲンを持つことが多く、その毒性から鹿などの草食動物は食べないとされていましたが、奈良県春日山では、九輪草の葉まで食害を受ける事例があるそうです。

里山を散策して、もし見掛けても貴重な植物(絶滅危惧種)ですのでそっと見守って頂くようにお願い致します。

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おしらせ

車椅子を配備しました

洞源院では、歩行が困難な方々のために、会館の玄関内に車椅子を配備しました。
必要な方は、ご遠慮なくお使い下さい。
使い方が不案内な方は、お申し付け下さい。

墓の美化のご協力を!

お墓のお供え物などのお持ち帰りをお願いしています。
洞源院では、お墓の美化協力の立て看板を設置しておりますが、墓参の方の中に、周辺に枯れ花や供物を捨てて行かれる方がおります。持ち帰りを原則としていますが、持ち帰りが困難な方は、寺の東側にあるゴミ置き場に納めて下さい。

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仏教アラカルト

成 道(じょうどう)

悉達多(シッタルタ=後のお釈迦様)は二十九歳で出家し、生老病死など四苦八苦を超越するため、六年間の壮絶な苦行をしましたが、無益であったと気づき、出山して尼連禅河という河で身を清め、近くにある菩提樹の下に坐りました。「真理を悟るまで坐りつづける」と強い決意で、深い瞑想に入りました。

瞑想中のシッタルタには、美女の誘惑、悪魔の襲撃など様々な攻撃がかけられます。これらの誘惑や襲撃は、シッタルタの心の中にある煩悩のことです。シッタルタは、これらの煩悩を克服しました。これを仏伝では「降魔成道(ごうまじょうどう)」と呼んでいます。

シッタルタが坐り続けて七日目の十二月八日、暁の明星が輝く頃、ついに覚りを得られ、仏陀(覚者)となられたのです。これを成道といいます。この時、お釈迦様は三十五歳でした。

覚りとは一言で言えば「真理に目覚めること」です。お釈迦様が悟ったことは、この世の真実です。それは「縁起と四諦(苦集滅道の真理)八正道(見る・考える・言葉・生きる・生活・努力・自覚・精神統一を正しく保つ)」のことです。

「人間は欲望が強く、我に執われて生きています。我に執われてはいけません。すべてのものを不変と考えるのは間違いです。その迷いが苦しみを生むのです。我執から解放されれば苦から抜け出すことができる」このようにお釈迦様は悟られたのです。

お釈迦様が悟りの境地を楽しんでいると、そこに梵天が現れ、教えを説くよう勧めました。これを「梵天勧請(ぼんてんかんじょう)」といい、説法を決意し、始めに苦行を共にしていた五人の修行者に説法して帰依者となりました。これを「初転法輪」といい、仏教の始まりとなりました。

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暮らしの中の仏教語 ご馳走さま

村崎 四季折々

目玉焼き、アスパラのベーコン巻、きゅうりとニンジンのピクルス、梅干し、ご飯と茄子がはなされたみそ汁が今朝の朝食。

手を合わせ頂きながら、この食材たちが、どこから来たのか思いをめぐらしました。

鶏卵を出荷する生産者、米や野菜を種から育てた農業者、ベーコンにするまでの養豚や加工に関わる人々、みそ製造や梅干し造り等々。書ききれないほどに、多くの人々が文字通り駆け回り、当然煮炊きをして駆け回る人(我が家では連れ合いですが)がいて食膳に並ぶのです。

「馳走」とは、走りまわることとか奔走するという意味ですが、食事の用意に奔走することなどから「食事などでもてなしをする」という意味に転じたそうです。

お坊さんが食事の時唱える「五観の偈(ごかんのげ)」の第一に功(こう)の多少(たしょう)を計(はか)り、彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る」(多くのお陰を思い、感謝して頂きます。)という文句がありますが、これこそが「ご馳走さま」の心なんですね。

私たち人間は、動物や植物の「命」を頂いて自らの「命」を繋ぎ生きていくことができます。「命を食べていること」を自覚することで「命」の大切さを再確認することができると思います。

自分の「命」は、多くのお陰を頂いて生かされていることに感謝して、生きていきたいものです。

「五観の偈」
一、この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。
二、自分の行いが、この食を頂くに価するものであるかどうか反省します。
三、心を正しく保ち、誤った行いを避けるために、貪り・怒り・愚痴の三毒の過ちを持たないことを誓います。
四、食とは良薬なのであり、身体を養い、正しい健康を得るために頂くのです。
五、今この食事を頂くのは、己の道を成し遂げるためです。

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活動報告(5月~7月)

  • 護持会役員監査 護持会三役会(紙面総会に替え) 5月1日
  • 花まつり・保育園児 5月21日
  • 写経・写仏会 5月10日・6月7日・7月5日
  • 護持会三役会 7月6日

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行事予定(5月~8月)

  • 寺清掃奉仕 8月2日(日)8時半~
  • 写経・写仏会 毎月第1日曜13時3分~
  • 山門大施餓鬼会 8月8日(土)12時半~法要
  • お盆供養
    8月13日(木) 7時・9時・11時・13時
    8月14日 7時・9時・11時
    8月15日 7時・9時・11時
  • 二保育園児お泊まり会 8月21日~22日
  • 寺子屋寄席 10月24日(土)14時
  • 護持会研修旅行みちのく巡礼 10月28日(水)8時出発
  • 寺清掃奉仕 12月2日(日)8時半~
  • 成道会 12月2日(日)13時30分
  • お焚上げ・除夜の鐘 12月31日23時~

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第二十八回 寺子屋寄席

桂文治師匠独演会

10月24日(土曜日)
14時開場
木戸銭1000円
前売り券の販売は、9月からとします

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第二回みちのく巡礼札所めぐり

護持会日帰り研修旅行
10月28日(水)8時出発

予定コース

第十番長観寺(十三浜)→第七番寶性院(柳津虚空蔵)→第八番弥勒寺(中田町)→第九番松景院(小牛田)→第十八番長音寺(野蒜)→第十七番願成寺(東松島)
参加費 4500円
参加募集 10月10日まで、 ただし、20名となり次第締め切らせていただきます。

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新型コロナと災害対応

全世界規模での新型コロナの脅威はいつになったら終息するのでしょうか。更には、台風等による洪水や土砂災害等の自然災害も油断できない昨今です。

先般、石巻市から洪水ハザードマップが全戸配布されましたが皆様確認されたでしょうか?しかし、新型コロナの感染予防の観点から、避難所での対応が大きく変化するようです。

三密と言われる密閉、密集、密接を防止するために、同一家族以外では、個々の距離(ソーシャルディスタンス)をとる必要があり、当然避難所の収容人数が少なくなります。

これに対し、国では自宅の安全が確認できる時には自宅にとどまり安全確保するようにと勧めています。

そこで、災害時に自宅で過ごす場合の日頃の備えをしておくことが、これまで以上に重要になってきます。

先ず、停電や断水になった時のことを考えてみましょう。

便利になり過ぎて停電になると使えなくなる家庭用品が多くあります。

機種によりますが、一般電話やガスコンロ、暖房器具、風呂、トイレ等です。

このような時にどうしたらよいか?を平常時に考えておくことが重要です。そして、断水の時の非常用飲料水の常備や食糧もそれぞれのご家庭で備蓄しておくことも必要不可欠となります。

備蓄する飲料水や食糧品には、消費期限がありますが、期限が近づいた物は、普段の食材として食べて、その分を補充する方法(ローリングストック)がお勧めです。むずかしく考えずに、取り敢えず、これはいざという時の物という風に区別しておくだけ、意識しておくだけで良いのです。

今の世の中、地震津波だけではなく、これまで経験したことがないような自然災害が次々に発生しています。

家族を守ることは、日頃の備えこそが最も強力なことだと思います。先ずは、我が身、我が家族を守るための日頃の備えをしておきましょう。

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